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享年94歳。優れたギタリストであり偉大な発明家でした。
クリエイティブな人は長寿な方が多いのですが、
レス・ポール氏も例にもれず90歳を超えてもニューヨークで定期的にライブを行っていました。
「レス・ポールナイト」といわれたライブには超有名ギタリストが飛び入りで参加していたそうです。
彼はレスポール・ギターの生みの親であり、MTRを発明し、
グラミー賞を受賞したミュージシャンと多彩な才能を持った人でした。
このなかで一番有名なのは恐らくギブソン社のレスポール・ギターだと思います。
有名ミュージシャンの愛器として露出度が高いモデルですよね。
ちなみに「レス・ポール」は彼の名前、「レスポール」はギターの名前です。
MTRはレコーディング・スタジオでいろいろと試しているうちにインスピレーションを得たと何かの本で読みました。
テープエコーもこのあたりから出てきたようでレス・ポール氏が発案元といわれることもあるようです。
基本的にこの手のマシン(彼にとっては高額な玩具かな)であれこれやるのが好きな人だったんだろうなと思えます。
エレキギターでも結構興味深いプロトタイプを作っていますし。
たくさんの発明ありがとうございました。
合掌。
The World Has Lost a Remarkable Innovator and Musician: Les Paul Passes Away at 94
このPVはSourという日本のバンドが、
Webcamでリアクションしてくれたファンの映像を編集したものだそう。
(YouTubeにはそう書いてある)
インターネットがなければこういう作品って作るの大変だろうな。
Webcamを使ってこういうビデオ作るのっていいアイデアだと思います。
編集、難しかっただろうなぁ。
でもね、面白いんだけど、どこかでデジャブしてるんだよな。
少し前のユニクロのCMかなぁ・・・
ジャクソン5という兄弟グループの初期のヒット曲です。
当時はオズモンドブラザースやパートリッジ・ファミリーなんていう兄弟グループが大流行(?)で、
ラジオで聞くアメリカのヒットチャートの常連だったという記憶がうっすらと残っています。
そういえば日本にもフィンガーファイブという兄弟グループがいました。
そのあと彼の曲を聞いたのは『Off The Wall』です。ずいぶん時間がたってますよね。
ラジオからはいくつか聞いたような気がしますがあまり印象には残っていません。
当時の僕の仕事場は一日中「ゆうせん」でロックやらポップスやらがかかっていました。
どーでもいい音楽の間をぬって聞こえてきた『Don't Stop 'Til You Get Enough』のイントロが
とても新鮮だったのを覚えています。
仕事が終わってからCISCOに直行して買いました。
あれれ、パイド・パイパー・ハウスだったかな。
まあ、どちらでもいいことです。
とにかくこのレコードはまだ持ってます。
『Off The Wall』は衝撃でした。
独特のアップテンポの軽快でかつポップなR&Bはとても気持ちがいい。
このころのR&Bは、ねちっこくて触るとベタベタしそうなクドい曲が多かった。
音離れが悪いサウンドがこの頃は多かった。
だから本当に衝撃でした。
sophisticatedという単語が頭の中ではじけていました。
彼の歌は出色でした。
プロデューサーのクインシー・ジョーンズもゴキゲンです。
『Off The Wall』は今聞いても新鮮です。
その後に出た『Thriller』は彼のアイデアがはじけまくっています。
何度聞いても本当に楽しい。
やっぱり名盤だな。
クインシーは後のインタビューで「このアルバムのプロデュースは大変だった」と言ったとか。
とにかく彼のアイデアが強烈で、それをどうアルバムに生かして良い仕事にできるか、毎日胃が痛かったそうです。
『Billie Jean』、いい曲ですよね。
イントロを聞くだけでホントにゾクゾクします。
『Thriller』もいいですが『Billie Jean』にはかないません。
(派手さでは負けますが)
ひっそりと暗くなった広場の隅でただキミのために歌ってダンスするんだ・・・僕のこと忘れないでね。
そんな感じがたまりません。
そういえば、さりげなく1Q84の冒頭にも使われていましたよね。
『BAD』が出たあたりに彼は日本にやってきました。
僕たち夫婦は後楽園球場(東京ドームじゃない)のコンサートを見に行きました。
アリーナの後ろの席だったので彼は豆粒のように小さく、大きなモニターで見るのが精一杯でした。
コンサートというよりショウといったほうが的確だったと思います。
それはとても楽しいパフォーマンスでした。
その後しばらく僕にとっての彼の印象はうすくなりました。
変なゴシップがたくさん聞こえてきました。
だぶん悪い虫が彼の周りをブンブンと飛び回っていたんでしょう。
6月25日の朝、テレビが彼の訃報を伝えていました。
詳しいことは分かりません。
たぶんこれからも詳しいことは分からないでしょう。
きっと、いまごろ彼は誰にも邪魔されずに楽しくムーンウォークしてるんじゃないかな。
『Billie Jean』にあわせてね。
サイモンとガーファンクルが初めて札幌にきます。
初めてというか、きっと最初で最後になると思います。
7月18日、会場はあの札幌ドームです。
札幌は外国のミュージシャンの公演は客の入りが悪いことが多くて、
あのクラプトンもご立腹、
あのストーンズも公演当日に招待券乱発、
あのイーグルスも札幌ドーム埋まらずと伝説に事欠きません。
何故なんでしょうね。
テレビでCMが流れるたびに、チケットの売り上げ大丈夫かなぁと少し心配になります。
ところでそのCMなんですが、気になるところがひとつあるんですね。
たぶん1981年のセントラルパークのコンサートの演奏シーンをもとに製作されたんじゃないかな。
曲は「明日に架ける橋」なんですが、
どうにも演奏シーンはどうみても「ミセス・ロビンソン」だと思えるんですが、どうなんでしょうか。
まあ、誰も気にしていないでしょうけど。
セントラルパークのコンサートの翌年、サイモンとガーファンクルは初来日しています。
僕は後楽園球場(東京ドームではありません)でしっかりと見ました。
さて札幌ドームはどうしようかな・・・
最近の俗に流行っているといわれるロックを聞いてもいまひとつシックリしません。シックリこないというより物足りないと言ったほうが当たっているかもしれません。
昔のロックにはギターソロがありました。コーヒーを飲むと必ずクリープがあるように、必ずギターソロがありました(年齢がバレるよね)。なかにはクリームとかツェッペリンみたいにライブになるとほとんどギターソロになっちゃうバンドもありました。それはそれは楽しい時代でした。でも最近のバンドにはギターソロがありません。どうなっちゃったんでしょう。もうギターソロは無くなってしまったと思っていました。
練習スタジオの関係者に聞いたんですが、実はスタジオの片隅にはもくもくとギターソロを練習しているギタリストは結構いるんだそうです。でもバンドの演奏になると「バンドのカラーに合わないからソロは無しね」と言われているんだそうです。じつにギターソロは無くなっていたのではなくバンドのカラーのために封印されていたんですね。
先日、友人からオンラインのギターコンテストあることを教えてもらいました。Guitar Idol 2009に、自分のギタープレイのビデオをアップすることでエントリーできるそうです。世界中から1000人ほどの応募があったそうで、予選を勝ち抜いた120人の中には日本人が4人勝ち残っています。なかなかゴツイ演奏もあって思わず聞き入ってしまいました。まだまだギターソロは消えません!
スタジオミュージシャンという仕事があるということをSTUFFは世に知らしめてくれました。特定のバンドに属することなく、様々なミュージシャンのレコーディングをサポートする演奏家はスタジオミュージシャンと呼ばれます。そんな彼らが昼間の仕事の鬱憤を晴らすかのように、とあるライブハウスで毎晩のようにセッションを演るわけです。そうしたセッションの中からからSTUFFは生まれたとあります。
僕のSTUFFの第一印象は、スタジオミュージシャンってこんなものなのか? 案外地味なんだなといったものでした。どんなことでも簡単にやってのけるテクニカルな集団なんだろうなと勝手に決め付けていたんですね。それが間違いだと判るのに随分と時間がかかりました。アホですね、まったく。
ニューヨークにあるそのライブハウスに行ったことがあります。もう20年以上前になるんですが、ニューヨークを訪れる機会がありました。ツアーに同行していた人が新聞で夜のライブの案内を見ていて「ミケルズ」を見つけたんですね。そこにSTUFFの文字があるではないですか(よく見るとゴードンエドワーズ・グループでしたが)。当時はもう解散していたはずなんですが、ゴードンエドワーズだけでもいいやと何人かで見に行きました。ホーンセクションを加えたハードなR&Bでとても感動したのを思い出します。途中ででてきた黒人のおばちゃんの歌にも圧倒されました・・・思えばナマで本物のR&Bとゴスペルを体験したのはここが初めてでした。
ニューヨークはJAZZというイメージがとても強かったのですが、R&Bやゴスペルも忘れないでねと教えてくれたのがSTUFFでした。スティービー・ワンダーだってポール・サイモンだって彼らのサポートがありました。悲しいことにリチャード・ティーもエリック・ゲイルも、もういません。自分にとっては懐かしくも楽しい1枚であります。
う~ん、懐かしい。TOTO はもともと Boz Scaggs のバックバンドとしてスタートしています。その当時の AGORA のライブを YouTube で見ることができます。当時、ROPE が提供していた番組でオンエアされたのを Beta で録って何度も見たのを思い出します。初来日は新宿厚生年金会館は仕事の関係で見れず、2回目の武道館でやっとライブが見れました。1曲目のHydraのソロがほとんど Van Halen していたのを思い出します。Luke は 「Eddy の大ファン」だったんですね。
もっと書いちゃおう! かの名曲 Africa のドラムには LinnDrum がベーシックなリズムに使われていたはず。LinnDrum のサンプリングは Jeff Porcaro だったと記憶しています(うろ覚えですが)。今ではコンピューターでドラムの演奏なんてあたりまえですが、LinnDrumの登場はマジに衝撃的でした。武道館でのライブでは Africa でドラムが演奏されているのに Jeff Porcaro がステージの全面で踊っているではありませんか。あの LinnDrum にすっかり騙されてしまいました。上のビデオを良く見てくださいね。
今回の来日はBoz Scaggsも一緒なんですね。ドラムは Simon Phillips 、ベースは Leland Sklar なんですね。 Leland Sklar・・・ここで登場とは思いませんでした。彼はユーミンの「14番目の月」でベース弾いています。「中央フリーウェイ」のベース・・・いいですよね。
あ~、TOTOの話になると、当時のミュージシャンの話題も絡んできて、なかなか終われません。また何かの機会に書ければと思います。ちなみに我が家の愛犬はtotoです。
徳永英明さんのVOCALISTシリーズが売れているそうです。女性歌手のバラードの名曲を徳永さんが選んで歌い上げています。何気なくテレビの番組でこのアルバムのことを知ったのですが、いいんだなぁ・・・この雰囲気、旋律や声がとても印象に残るんですよね。
シングソングライターの彼が、自分のメッセージが入っていない他人の曲を、ただの歌手になりきってアルバムにするというのは大変なことだったと思います。でも何回となくテレビから流れてくる彼の歌を聞いているうちに、彼の持っている歌の力(ちから)に圧倒されてしまいました。徳永さんは歌が持つ魅力を的確に見抜き、歌力を純粋にリスナーに届けることが出来る数少ないシンガーなんですね。もしオリジナルを知らずに、このアルバムで初めて収録曲を聞いたひとは、徳永さんのオリジナルと勘違いするのでは・・・と思えるくらいの出来だと思います。売れるのも納得です。
小野リサの名前を初めて聞いたのは、まだ新宿で仕事をしていたころで、もう昔のことであります。「いいとも」でタモリさんが、ボザノバが上手な女の子がいて、厚生年金会館でコンサートがあるので皆さんもどうぞ、などと話題にしていたような記憶があります(間違っていたらゴメンナサイ)。1989年のアルバムデビューから、いまやしっかりと貫禄がある大御所の風体であります。
最近はポップスやソウルをボザノバ風に歌ったものが多かったのですが、自分的にはBossa Cariocaがとても気に入っています。ジョビンの曲が入っているのは当然なのですが、 ジョビン・ファミリー(アントニオ・カルロス・ジョビンの息子パウロと、孫のダニエル)のプロデューサーも良かったんですね。そのメンバーが今回のトリビュート・コンサートにも来日していてBossa Cariocaの雰囲気満点の演奏をしているではないですか! しっかりと楽しませてもらいました。
Bossa Cariocaがリリースされた1998年はボサノヴァ誕生40周年だったんですね。ということは来年2008年はなにか世界的なイベントがありそうですね。いまから、とても楽しみなのであります。
Weather Reportは、いつもクルクル変わる天気予報のようなバンドをやろう、最新の天気予報を・・・とJoe ZawinulとWayna Shorterの2人が集まって始めたバンドだというのを随分昔のインタビューで読んだ記憶があります。いいですよね、この感覚・・・というかJazzとは本来そうあるんだという姿勢が大好きでした。何回聞いても良く覚えられないFour Playとは反対側にいたんですね、この4人組は。
Weather ReportにJacoが加わってHeavy Weatherをリリースした直後の来日公演を見ることができました。正直にいうとJacoが見たかっただけなんですが、Weather Reportにどっぷりとハマるきっかけとなるライブでした。見てよかったと思える数少ないライブの一つだと自分では思っています。
Jacoも逝ってJoe Zawinulも逝ってしまいました。そういえば最近札幌に来ていたような気がするな・・・見ておけば良かったかなと、少し後悔気味であったりします。